NASAの宇宙望遠鏡「SPHEREx」、102色で初の全天赤外線マップを完成
— 宇宙の始まりから生命の材料までを解き明かす —
2025年3月に打ち上げられたNASAの宇宙望遠鏡「SPHEREx(スフィアエックス)」が、運用開始から約6か月で初となる全天の赤外線マップを完成させました。このマップは、人間の目では見ることができない 102種類の赤外線の波長(色) を使って、宇宙全体をくまなく観測したものです。これは、これまでに例のない精密さと広がりをもつ観測成果です。
SPHERExによる全天観測は、宇宙誕生直後に起きた極めて短い出来事が、現在の宇宙の構造にどのような影響を与えたのかを探るうえで、重要な手がかりをもたらします。また、約140億年に及ぶ宇宙の歴史の中で、銀河がどのように変化してきたのか、さらには私たちの銀河系における「生命の材料」がどこに、どのように分布しているのかを調べることにも役立ちます。
わずか6か月で集まった膨大な情報
NASA本部の天体物理学部門ディレクターであるショーン・ドマガル=ゴールドマン氏は、次のようにコメントしています。
「SPHERExがたった6か月でこれほどの情報を集めたことは驚くべきことです。他のNASAミッションのデータと組み合わせることで、宇宙をより深く理解するための貴重な資料になるでしょう。102枚の異なる全天マップが得られ、それぞれが独自の情報を含んでいます。すべての天文学者が、ここから何か価値ある発見を見つけられるはずです。」
つまり、SPHERExは「1枚の全天図」ではなく、「波長ごとに異なる102枚の全天図」を提供しているのです。

地球を1日に14回半周する観測スタイル
SPHERExは地球の周りを1日に約14.5周し、北極から南極へ と地球を縦断する軌道を飛行しています。
毎日、空の円形の帯に沿って 約3,600枚の画像 を撮影します。地球が太陽の周りを公転するにつれて、観測する空の範囲も少しずつ移動します。
その結果、6か月が経過する頃には、SPHERExは全方向、つまり 360度すべての空 を観測し終えることになります。
このミッションは南カリフォルニアのNASAジェット推進研究所(JPL)が管理しており、2025年5月に本格的な観測を開始、12月に初の全天モザイク画像を完成させました。
今後、2年間の主要ミッション期間中に さらに3回 の全天観測を行う予定で、これらを重ね合わせることで、測定精度はさらに向上します。
なお、得られたデータは 科学者だけでなく一般にも公開 されています。
「中規模ミッション」で実現した大きな科学成果
JPL所長のデイブ・ギャラガー氏は、次のように述べています。
「SPHERExは中規模の天体物理ミッションですが、非常に大きな科学成果をもたらしています。大胆なアイデアを現実に変え、それによって未知の世界を切り開く好例です。」
102色がもたらす圧倒的な観測力
SPHERExが観測する102色は、それぞれ異なる赤外線の波長に対応しています。これらの波長は、銀河、恒星、惑星形成領域、星間物質など、天体の性質を詳しく知るための重要な情報を含んでいます。
例えば、私たちの銀河系に存在する 星や惑星が生まれる濃い塵の雲 は、特定の赤外線では明るく輝きますが、別の波長ではまったく光を出さず、可視光では完全に見えません。
こうしたように、光を波長ごとに分けて調べる手法を 分光観測(スペクトロスコピー) と呼びます。
他の宇宙望遠鏡との決定的な違い
過去にも、NASAの「WISE(広視野赤外線探査機)」など、全天を観測したミッションは存在しました。しかし、それほど多くの波長で観測したものはありませんでした。
一方、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)は、SPHERExよりもさらに細かい分光観測が可能ですが、視野は 何千分の1 と非常に狭いものです。
「広い視野」と「多色観測」 を同時に実現している点こそが、SPHERExの大きな強みです。
「シャコ」のような視覚をもつ望遠鏡
JPLのSPHERExプロジェクトマネージャー、ベス・ファビンスキー氏はこう表現しています。
「SPHERExのすごさは、約6か月ごとに全天を102色で観測できる点です。短期間でこれほどの情報量を集められるのは驚異的です。私たちは、この望遠鏡を“シャコのような目を持つ望遠鏡”だと思っています。」
シャコは、非常に多くの色を識別でき、かつ広い視野を持つ生き物として知られています。SPHERExも同じように、広範囲を多彩な色で一気に捉える能力を備えています。
仕組み:6つの検出器で102色を同時観測
SPHERExは 6つの検出器 を搭載しており、それぞれに 17色のグラデーションフィルター が組み込まれています。
- 1検出器あたり:17色
- 6検出器合計:17 × 6 = 102色
つまり、SPHERExが撮影する1枚1枚の画像には、最初から 102色分の情報 が詰まっているのです。
そのため、「全天マップ1枚」と言っても、実際には 102種類の異なるマップ が作られていることになります。
宇宙の3次元地図と「インフレーション」の痕跡
SPHERExは、この102色の情報を使って 数億個の銀河までの距離 を測定します。
多くの銀河はすでに他の望遠鏡によって2次元的な位置が分かっていますが、SPHERExのデータを加えることで、3次元の宇宙地図 が完成します。
これにより、銀河がどのように集まり、どのように分布しているのかを非常に細かく調べることが可能になります。
その分析は、ビッグバン直後の 「インフレーション」 と呼ばれる現象の理解につながります。
これは、ビッグバン後 10のマイナス36乗秒 という想像を絶する短い時間に、宇宙が一気に膨張した出来事です。このような現象は、それ以降の宇宙では起きていません。
SPHERExの観測は、この謎に迫るための重要な手段の一つとなっています。
SPHERExミッションの体制とデータ公開
- ミッション管理:NASAジェット推進研究所(JPL)
- 望遠鏡・宇宙機製作:BAEシステムズ
- 科学チーム:米国、韓国、台湾の10機関
- データ処理・保存:カリフォルニア工科大学(Caltech)のIPAC
SPHERExの主任研究者は、Caltechに所属し、JPLと兼任しています。
そして最大の特徴の一つが、すべてのデータが一般公開されている ことです。
まとめ
SPHERExは、102色の赤外線で宇宙全体を見渡すことにより、
- 宇宙誕生直後の物理現象
- 銀河の進化の歴史
- 星や惑星、生命の材料の分布
といった、宇宙に関する根本的な問いに答えるための強力な観測データを提供しています。
今後2年間で追加される観測結果が統合されれば、私たちの宇宙観はさらに大きく更新されることでしょう。
SPHEREx公式ページ
https://science.nasa.gov/mission/spherex/
