JAXA H3ロケット8号機 “”打ち上げ失敗の理由””

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目次

日本の宇宙開発を揺るがす「魔の2段目」――H3ロケット8号機と初号機、繰り返された悲劇の全貌

1. はじめに:成功の軌道から一転、冬の空に消えた「みちびき」

2025年12月22日。 鹿児島県・種子島宇宙センターの冬の青空を切り裂き、H3ロケット8号機は力強く上昇しました。 日本の次世代主力ロケットとして、2号機、3号機、そして直近の打ち上げでも着実な成功を積み重ねてきたH3。 関係者や宇宙ファンの間には、「H3はもう安定期に入った」という、どこか楽観的な空気が漂っていたことは否定できません。

しかし、打ち上げから数十分後。 JAXAの管制室から流れるアナウンスの声は、次第に重苦しいものへと変わっていきました。 搭載されていたのは、日本版GPSとしての役割を担う準天頂衛星「みちびき5号機」。 私たちの生活インフラに直結する、極めて重要な国家資産です。 その「みちびき」が、予定されていた軌道に届くことはありませんでした。 再び突きつけられた「打ち上げ失敗」という冷酷な現実。 本稿では、最新の8号機の失敗、そして悪夢の始まりとなった初号機の事故を徹底的に掘り下げ、日本の宇宙輸送システムが直面している深淵に迫ります。


2. H3ロケット8号機の失敗:詳細なタイムラインと「予兆」

8号機の打ち上げは、当初12月17日に予定されていました。 しかし、打ち上げ直前になって「地上設備の注水システム」の異常が発覚します。 ロケットの噴射から射場を守るための水が十分に流れないという初歩的なミスでしたが、この時の「窒素ガスの弁の操作ミス」という人為的要因が、その後の悲劇を暗示していたのかもしれません。

22日、仕切り直された打ち上げ。 1段目の大型エンジン「LE-9」は完璧に作動し、順調な飛行を見せました。 しかし、地上に送られてきたテレメトリデータは、宇宙空間で起きていた異変を静かに記録していました。

水素タンクの圧力低下という致命傷

異常が始まったのは、打ち上げから約200秒後、まだ1段目が燃焼している最中でした。 2段目の液体水素タンクの圧力が、設計値に反してじわじわと低下し始めたのです。 液体ロケットエンジンは、タンク内を一定の圧力で保つことで、心臓部であるターボポンプに安定して燃料を送り込む必要があります。 この圧力が不足するということは、人間で言えば、激しい運動中に心臓へ送られる血液が薄くなるようなものです。

27秒の遅延と、最後の抵抗

その影響は、2段目エンジン「LE-5B-3」の第1回燃焼において顕著に現れました。 推力が不足した分、ロケットのコンピューターは「燃焼時間を延ばす」ことで速度を稼ごうと判断します。 結果、1回目の燃焼停止(SECO1)は計画より27秒も遅れました。 エンジンのターボポンプは、不足する燃料を補うために、定格を40%以上も上回る超高速回転を強いられていました。 設計の限界を超えた極限状態での運転。 それでも第1回燃焼をやり遂げた日本のエンジン技術の底力には驚かされますが、機体はすでにボロボロの状態でした。

2回目着火の失敗

その後、衛星を所定の軌道に放つための「第2回着火」が試みられました。 しかし、さらなる圧力低下に見舞われたエンジンは、正常な燃焼を持続することができず、着火直後に停止。 「みちびき5号機」を載せた2段機体は、地球の周回軌道を維持できる速度に達することなく、大気圏への再突入という運命を辿ることになりました。


3. 悪夢の起点:H3ロケット初号機(TF1)の挫折

8号機の失敗を受けて、多くの人が思い出したのが2023年3月7日の初号機の失敗です。 あの時も、問題は「2段目」にありました。

初号機の場合、第2段エンジンの「着火」そのものが一度も行われませんでした。 原因は、電気系統のショートや過電流です。 H-IIAから引き継いだはずの信頼ある回路が、新設計のH3という環境下で予期せぬ挙動を見せたのです。 地上からの「指令破壊」信号により、雲の上で爆発四散した機体と、地球観測衛星「だいち3号」。 日本の宇宙開発は、この日、底知れぬ暗闇へと突き落とされました。

初号機の失敗後の原因究明は熾烈を極めました。 JAXAは「考えうるすべての可能性」をリストアップし、数千に及ぶ部品や回路を再点検しました。 そして導き出された対策を施した2号機が見事に成功した時、私たちは「課題は克服された」と信じました。 しかし、今回の8号機での失敗は、初号機とは異なる「物理的な圧力低下」や「振動」という新たな敵の存在を突きつけています。


4. 浮かび上がる新たな課題:フェアリング分離の衝撃

8号機のデータ解析が進む中で、ある注目すべき仮説が浮上しています。 それは、衛星を保護するカバーである「フェアリング」を切り離す際の、想定外の振動です。 通常、フェアリングの分離は18Hz程度の高周波の振動を伴いますが、8号機では6〜7Hzという、これまで経験したことのない低周波で大きな振幅の振動が観測されました。

この巨大な揺れが、2段目の繊細な配管やタンクにダメージを与え、水素漏れや圧力低下を引き起こしたのではないか――。 ロケットという巨大な精密機械において、一つの部品の挙動の変化が、システム全体に致命的な連鎖反応をもたらす。 宇宙開発の恐ろしさは、まさにこの「相互作用の複雑さ」にあります。


5. 「低コスト」という十字架

H3ロケットが背負っている最大の宿命は、「コスト削減」です。 米国のSpaceXが「ファルコン9」で世界の打ち上げ市場を席巻する中、日本が生き残るためには、打ち上げ費用をこれまでの半分、約50億円まで下げる必要がありました。

そのために、H3では自動車用の汎用部品(民生品)を積極的に採用しています。 宇宙専用の特注品ではなく、量産されている高品質な工業製品を使うことで、圧倒的なコストダウンを図る戦略です。 しかし、地上での使用を前提とした部品が、打ち上げ時の猛烈な振動や真空、極低温の環境下で、理論通りに動くのか。 「安くて良いもの」を作るという日本のお家芸が、極限の宇宙開発という舞台で、安全マージンを削りすぎてはいなかったか。 今回の失敗は、この「経済性と信頼性のバランス」という、現代日本のモノづくりが抱える大きなテーマを再考させるものとなっています。


6. 失われた「みちびき5号機」の重み

今回の失敗で最も痛恨なのは、搭載衛星「みちびき5号機」の喪失です。 この衛星は、日本独自の測位精度を維持し、将来の自動運転や精密農業を支える要となるはずでした。 1機で数百億円という巨額の国費が投じられた衛星が、宇宙の藻屑と消えた社会的損失は計り知れません。

さらに、今後の日本の宇宙計画への影響も深刻です。 火星衛星探査(MMX)や、新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)など、H3に命運を託しているプロジェクトは数多く存在します。 打ち上げスケジュールの遅延は、国際協力の中での日本の発言力を低下させるリスクも孕んでいます。


7. 失敗をデータに変える「不屈の精神」

JAXAの岡田匡史プロジェクトマネージャは、会見で「失敗は、次なる成功への最大の糧である」という趣旨の言葉を繰り返してきました。 宇宙開発の歴史は、失敗の歴史そのものです。 今回の8号機のデータは、すでに膨大な量が地上に届けられています。 どのタイミングで、どの部品が、どのように振る舞ったのか。 このデータを徹底的に、執拗なまでに解析し、原因を特定すること。 それこそが、失敗を「ただの事故」で終わらせず、「進化へのステップ」に変える唯一の方法です。


8. 結論:再び立ち上がるために

H3ロケットはまだ、産みの苦しみの最中にあります。 「2号機以降の成功」で得た自信と、「8号機の失敗」で突きつけられた反省。 その両方を抱えながら、日本の技術者たちは再び種子島の射場に向かいます。

宇宙へ行くことは、今でも、そしてこれからも、奇跡のような難事業です。 しかし、その難事業に挑み続けることこそが、科学技術立国を標榜する日本の誇りではないでしょうか。 私たちは、この失敗を忘れてはなりません。 同時に、この失敗に過度に萎縮してもなりません。 8号機の残したデータを道標に、H3が真の意味で「日本の空」を支えるロケットへと成長することを、私たちは静かに、しかし強く期待し続けるべきなのです。

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