NASA火星探査機MROが示した新たな結論
NASAの火星探査機「マーズ・リコネッサンス・オービター(MRO)」が、火星南極の厚い氷の下に隠された謎の構造について、重要な再調査結果を発表しました。かつて「地下に液体の湖が存在する可能性がある」として大きな注目を集めたこの場所は、最新の解析により、地下湖ではなく岩石と塵の層である可能性が高いと結論づけられました。
この研究成果は、2025年11月17日付で学術誌「Geophysical Research Letters」に掲載されています。
地下湖発見がもたらした科学的インパクト

2018年、ESA(欧州宇宙機関)の火星探査機「マーズ・エクスプレス」に搭載されたレーダー探査装置MARSISの観測データから、火星南極の氷床の下に、非常に強いレーダー反射が確認されました。この反射は、地球では液体の水が存在する場所でよく見られる特徴であり、「厚い氷の下に塩分を多く含んだ地下湖が存在するのではないか」という仮説が提案されました。
水は生命と密接に関わるため、この発見は火星に生命が存在した、あるいは現在も存在する可能性を考える上で、極めて重要な意味を持っていました。
SHARADによる長年の観測と限界
MROには「SHARAD(浅層レーダー)」と呼ばれる、地下構造を探るためのレーダー装置が搭載されています。SHARADは過去約20年間にわたり、この地下湖候補地を観測してきましたが、MARSISが捉えたような強い反射信号を検出することができませんでした。
その理由の一つが、SHARADのアンテナ構造です。アンテナは探査機の背後に配置されており、通常の姿勢では機体そのものが視界を遮り、レーダーの感度が低下してしまうという問題がありました。
120度回転という大胆な観測手法
状況を打開するため、研究チームはNASAジェット推進研究所(JPL)の運用チームと協力し、探査機を通常とは大きく傾ける「非常に大きなロール(Very Large Roll)」という新しい観測手法を開発しました。
この方法では、MROを約120度回転させることで、SHARADのレーダー信号をより直接的に地表へ向けることができます。探査機の安全性を確保しながら行う必要があり、JPLとロッキード・マーティンの技術者たちは、長い時間をかけて慎重にコマンドを設計しました。
明暗の対比が示す決定的な違い
2025年5月26日、この新手法を用いた観測が実施されました。対象となった領域は直径約20キロメートルで、厚さ約1.5キロメートルの水氷の下に埋もれています。
液体の水はレーダーを非常に強く反射するという特性を持っています。これは、懐中電灯の光を鏡に当てたときのようなものです。そのため、もし地下湖が存在すれば、SHARADでも非常に明るい反射が観測されるはずでした。
しかし、実際に検出された信号は「非常に弱いもの」でした。さらに、すぐ近くの別の領域では、同じ手法を使っても信号自体が検出されませんでした。この結果は、2018年にMARSISが観測した特異な反射が、液体の水以外の要因によるものであることを強く示しています。
地下湖説はなぜ難しくなったのか
研究を主導したガレス・モーガン氏は、「地下湖仮説は多くの創造的な研究を生み出した点で、科学的に非常に意義があった」としつつも、「今回のデータは、液体の水が存在するという考えを支持するにはかなり厳しい」と述べています。
代替案として考えられているのが、古代の溶岩流などによって形成された、たまたま滑らかな岩石層の存在です。火星南極の氷床の下には、クレーターに富んだ複雑な地形が広がっており、例外的に平坦な場所が強いレーダー反射を生む可能性があります。
新技術が切り開く未来の火星探査
今回開発された「非常に大きなロール」技術そのものは、研究者たちにとって大きな成果となりました。この手法を用いれば、これまで十分なデータが得られなかった他の地域も、より詳細に調査できるようになります。
注目されている候補地の一つが、火星赤道付近に広がる「メデューサ・フォッサ」です。この地域はレーダー反射が弱く、火山灰の堆積物と考えられてきましたが、厚い氷が埋もれている可能性も指摘されています。
もし赤道近くに大量の氷が存在することが確認されれば、将来の有人火星探査にとって非常に重要な水資源となります。赤道付近は日照が多く、気温も比較的高いため、人類が滞在・活動する拠点として理想的だからです。
おわりに
今回の研究は、火星南極の地下湖という幻想に一度区切りをつける結果となりました。しかし同時に、より高精度な地下探査を可能にする新しい手法が実証されたという点で、火星研究の次の段階を切り開いたとも言えます。
火星の地下には、まだ解明されていない構造や資源が数多く眠っています。MROとSHARAD、そして研究者たちの挑戦は、これからも続いていくでしょう。
