
アポロ9号 10号:月面着陸への扉を開いた完全装備の宇宙船【アルテミスへ繋ぐアポロの軌跡:第5章】
アポロ9号は、アメリカ合衆国の偉大なアポロ計画において三度目の有人宇宙飛行として歴史に名を刻んでいます。
司令・機械船と月着陸船をフルセットで打ち上げるのは、このミッションが初めての試みでした。
その最大の目的は、月面着陸において極めて重要となる着陸船のロケットエンジンや、宇宙服の生命維持装置、さらには航法装置やドッキング操作などを、実際の宇宙空間で詳細に試験することにありました。
1969年3月3日の打ち上げ後、マクディヴィット船長をはじめとする三名の熟練した飛行士たちは、地球の軌道上で10日間にわたる過酷な任務を遂行しました。
着陸船はそのひょろ長い独特の形態から「スパイダー」、司令・機械船は円錐形の形態から「ガムドロップ」と愛着を込めて命名されています。
この過酷な飛行によって月着陸船の実用的な安全性が証明され、計画の究極の目的である月面着陸への準備が完全に整うこととなったのです。
宇宙開発の歴史において、アポロ9号の成功は欠かすことのできない重要なマイルストーンと言えるでしょう。
史上初のドッキングと船外活動の試練

アポロ9号では、史上初めてランデブーとドッキングのあとに飛行士が船内を直接移動して宇宙船を乗り移るという、非常に画期的な操作が成功裏に行われました。
シュワイカート飛行士は「Apollo/Skylab A7L」という新型宇宙服の重要な性能試験を実施しました。
これは従来のように宇宙船から命綱のようなホースで酸素を供給される方式ではなく、宇宙服自体が独自の生命維持装置を持っている最新鋭の独立型装備でした。
ミッション中、シュワイカート飛行士が宇宙酔いを患ったため、当初予定されていた広範囲な活動は一部中止されるというアクシデントもありました。
しかし、マクディヴィット飛行士とシュワイカート飛行士はその後、地球周回軌道上で着陸船の分離と再ドッキングという極めて複雑な操作を完璧に遂行しました。
地球帰還のための装備を持たない着陸船で軌道上を単独飛行したこの事例は、宇宙開発史における大きな一歩となりました。
彼らの勇気ある行動が、後のミッションの安全性を根底から担保したのです。
サターンV型ロケットと奇跡の帰還

アポロ9号の力強い打ち上げには、人類史上最大の推力を誇るサターンV型ロケットが使用されました。
有人飛行においてこの巨大なロケットが実戦投入されるのはこれが二度目のことでしたが、その圧倒的なパワーは見事に宇宙船を軌道へと運びました。
軌道上での過酷な試験任務を無事に終えた後、宇宙船は地球への帰還の途につきました。
着水点はバハマ諸島の東方へと正確に導かれ、回収船ガダルカナルから肉眼で確認できるほどの見事なピンポイント帰還を果たしました。
アポロ計画において大西洋の海原に帰還したのは、このアポロ9号が歴史上最後の事例となっています。
軌道上に残された着陸船の上昇段は、その後大気圏に再突入して計画通りに分解消滅し、サターンV型ロケットの第三段は燃料が枯渇するまでエンジンを噴射して太陽を周回する軌道に乗せられました。
歴史的任務を完遂した司令船は現在、サンディエゴ航空宇宙博物館にて大切に保存されています。
アポロ10号:月面着陸直前の究極のリハーサル

アポロ10号は、アポロ計画の中で「F計画」に分類される四度目の有人宇宙飛行です。
その最大の目的は、次のアポロ11号のための入念なリハーサルであり、実際に月に着陸することなしに月面着陸のためのすべての手順と機器を極限まで検証することでした。
搭乗員であるスタッフォード、ヤング、サーナンの三名は全員が以前に宇宙飛行をした経験を持っており、これはアポロ計画の中でも特筆すべき、まさにドリームチームとも呼べる布陣でした。
このミッションでは、史上二度目となる有人月周回飛行が行われ、着陸船の全機器の試験が月周回軌道上で実施されました。
宇宙船の識別符号には、漫画「ピーナッツ」のキャラクターであるチャーリー・ブラウンとスヌーピーが使用され、親しみやすいマスコットとして世界中の人々に愛されました。
この飛行は、NASAの広範囲な追跡およびコントロールのネットワークにおいて、本番さながらの緊張感の中で極めて正確に進行したのです。
月面着陸という人類の悲願まで、あと一歩のところまで迫っていました。
月面への極限接近と上昇段の隠された秘密

スタッフォード飛行士とサーナン飛行士が搭乗する着陸船「スヌーピー」は、月面からわずか15.6kmの距離まで接近するという驚異的なミッションを遂行しました。
この極限の接近軌道を実行することで、着陸のために必要な月の潜在重力やレーダーシステムに関する知識を飛躍的に高めることができました。
興味深いことに、着陸船の上昇段には、もし仮に月面から離陸しても上空を周回している司令・機械船まで到達できるだけの燃料は意図的に搭載されていませんでした。
歴史家の記述によれば、これは熱意あふれる飛行士が独断で月面に着陸してしまわないよう、NASAが安全上の予防措置を講じたためだとされています。
サーナン飛行士自身も、当時の着陸船は重すぎて月面着陸のための安全係数は保証できなかったと回顧しています。
下降段を分離してエンジンに点火した際、着陸船が激しく回転する深刻なトラブルに見舞われましたが、飛行士たちの卓越した操縦技術によって見事に制御を取り戻し、絶体絶命の危機を脱しました。
人類最速の帰還と未来へ残された遺産

アポロ10号が地球へ帰還する際、その速度は時速39,897kmという想像を絶する驚異的な数値に達しました。
これは人間が乗った乗物が達成した史上最大の速度として、現在でもギネス世界記録に堂々と認定されています。
また、宇宙船が月の裏側を回っている同時刻に故郷のヒューストンが地球の裏側にあったため、彼らは故郷から最も遠く離れたところを旅した人類というロマンあふれる記録も持っています。
着陸船スヌーピーの下降段は月周回軌道上に取り残されましたが、最終的には月の質量的な偏りの影響を受けて月の表面に衝突したと考えられています。
一方で、切り離された上昇段は月を通過して太陽周回軌道に乗り、現在でも宇宙のどこかを飛び続けている唯一のアポロ着陸船上昇段となっています。
アポロ10号の完璧な任務遂行によって、人類の月面着陸という壮大な夢は、ついに手の届く現実となったのです。
彼らの残したデータと経験は、計り知れない価値を持っています。
まとめ
アポロ9号と10号は、人類が月面へと降り立つための極めて重要なステップでした。
9号が地球軌道上で完全な宇宙船システムの機能と独立した生命維持装置の安全性を証明し、続く10号が月周回軌道上で着陸直前までのあらゆる手順を完璧にリハーサルしました。
地球軌道での実機テストと、月面すれすれまで迫った最終リハーサル。
この積み重ねがあったからこそ、アポロ11号の一歩にもちゃんと現実味が生まれたんだなと感じます。
華やかな成功の裏にある準備の凄みが、いちばん面白いところかもしれませんね。
第6章へ続く、、、
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